町の一員になれた実感とともに
ナム・キョンウォンさん、啓美さん
なむ・きょんうぉん、ひろみ
キョンウォンさんは韓国出身、啓美さんは北海道出身。キョンウォンさんは大槌町のスクールソーシャルワーカーとして勤務。啓美さんはパートで働きながら、2020年に困窮する子育て世帯を支えるため「おたがいさま」を立ち上げ、町内の団体などと連携して困窮世帯に食料などを配布している。
町の一員になれた実感とともに
ナム・キョンウォンさん、啓美さん
なむ・きょんうぉん、ひろみ
キョンウォンさんは韓国出身、啓美さんは北海道出身。キョンウォンさんは大槌町のスクールソーシャルワーカーとして勤務。啓美さんはパートで働きながら、2020年に困窮する子育て世帯を支えるため「おたがいさま」を立ち上げ、町内の団体などと連携して困窮世帯に食料などを配布している。
ナム・キョンウォンさん、啓美(ひろみ)さん夫婦は、2人の男の子を育てながら、仕事や社会活動を通じて地域の中にそれぞれの居場所を作り出してきました。それぞれ東日本大震災後に三陸に移住し、大槌で知り合い結婚。キョンウォンさんはスクールソーシャルワーカーの仕事を通じて、啓美さんはコロナ禍で困窮する家庭の支援活動を通じて、地域の中で自身が果たす役割を感じながら大槌に根ざし暮らしています。
復興支援のため三陸へ
「この人たちの力になりたい」
韓国で生まれ育ったキョンウォンさんは2004年に来日して大学と大学院で児童福祉を専攻し、不登校やひきこもりの子どもたちの支援などを学んでいました。大学院に通いながら都内でスクールソーシャルワーカー(SSW)として働いていた時に震災が起こり、4月上旬に被災地へ。大槌町で支援物資を仕分けするボランティアとして活動しました。
ボランティア活動は、食事や泊まる場所は自身で確保するのが原則。キョンウォンさんも野宿に必要な装備を持ってきていましたが、大槌町役場の職員は、自分たちが寝泊まりしていた公民館にキョンウォンさんも泊まれるよう手配してくれました。「自分たちも被災し家族を亡くした人もいるのに職員は皆、親切にしてくれ、もっとこの人たちの力になりたいと思いました」と当時を振り返ります。
その後は、SSWの専門性を生かし、毎月、1週間ほど滞在し大槌の子どもたちの心のケアに当たりました。2013年からは町任期付職員という立場でSSWとして働くため、生活の拠点を大槌に移し、住民としての暮らしをスタートさせました。
一方、当時は札幌在住だった啓美さんもまた、震災直後からボランティア活動のため被災地に足を運んでいました。大槌町の北隣の山田町で被災者のコミュニティづくりに取り組む団体で働くため2013年に移住し、交流スペースの運営やボランティアの受け入れを担当していました。
そんな2人は、移住して間もない時期に知り合い、2014年に結婚。結婚した当時、キョンウォンさんは、1年更新の任期付職員でしたが、2022年に採用試験を受け正式に職員として働き始めました。
不登校の子どもたちをサポートするSSWは、常勤職員として雇用されているケースは全国でも少なく、さらに外国籍を有する地方公務員もまだ少数。「もしかしたら僕はオンリーワンかもしれません」と笑うキョンウォンさんは、それだけ町に不可欠な存在になっていました。震災で家族を失いひきこもりになった子や、複雑な家庭環境によって不登校になった児童の自宅を訪問して相談に乗っているほか、大槌に転入してきた家庭を訪ね子どもたちが地域になじむための伴走もしています。
小さい町だからできること
社会活動で感じた手応え
大槌での暮らしも時を重ね、長男・穏悠(おんゆ)くん、次男・悠和(ゆわ)くんが誕生し、子育てをする中で、コロナ禍が始まりました。そこで啓美さんが始めたのが、「おたがいさま」の活動でした。
おたがいさまは、コロナ禍で仕事を失ったり収入が減ったりした子育て世帯に、野菜や米、レトルト食品などの食料品や日用雑貨を届ける活動で、町内のお寺や住民などからの寄付で運営しています。
「活動を始めたいと声を上げたら、『畑の野菜を寄付したい』『協力したい』と言ってくれる人たちとつながることができ、私にも大槌でやれることがあるのだと感じるようになりました」と話す啓美さん。小さい町だからこそ、団体を立ち上げたり起業したりしなくても、小さい活動からスタートさせて育てていけるという手応えがあります。
キョンウォンさんもまた、これからの大槌に希望を見出しています。「復興にむけた取り組みがひと段落し、全国の過疎地と同じ課題が大槌にもありますが、『皆で何とかしていこう』という住民の動きが目に見え、自分も一緒に解決に向けて動いていこうと思える。それが大槌にいたいという思いにつながっているのかもしれません」。
親子で自然にふれ、
地域に見守られる子育て環境
地域とのかかわりの中に自身の役割を見出している2人ですが、それだけでなく大槌は子育てをする環境としても魅力があると口を揃えます。町内の知り合いから釣り道具を譲り受け、釣りに誘われるようになったのを機に、家族で岸壁釣りを楽しむようになりました。2人とも、釣り餌のイソメをさわるのも、魚を捌くのも初めてでしたが、今では家族共通の趣味に。「親子で自然にふれる機会は貴重で、一緒に学べるのがうれしいです」と啓美さん。都市部の子どもたちを見てきたキョンウォンさんも「大槌は外を走り回り海で遊べる環境があり、子どもが子どもらしく過ごせる地域」だと言います。
また、ナムさん一家が暮らす吉里吉里地区は、学校や保育施設だけでなく、公民館を中心に、お寺や婦人会、NPO法人など多様な団体が子どもたちの育成に力を入れているのが特徴だと言います。夏休みになると、毎日のように公民館で子ども向けの事業が行われ、「地域全体で子どもたちを見守ってくれている安心感がある」と啓美さん。
地域のために活動し、地域に支えられ暮らしているナムさん一家。「長く暮らしているうちに、“支援に来た人”から“ナムさん”として受け入れられて、やっと町民になれたのかな」。キョンウォンさんの言葉に啓美さんもゆっくりとうなずきました。
(2022年7月取材)