ココカラオオツチ

「私らしく、心地よく」
愛犬と歩む大槌の暮らし

鈴木亜希子さん

すずき・あきこ

釜石市出身。結婚を機に移住し20年以上。今では「大槌町民としての歴史のほうが長い」とか。愛犬・モコちゃんや家族と町内を冒険し写真を撮るのが好きで、日々の癒しの時間。
https://www.instagram.com/
suzutou1952/

鈴木亜希子さん
鈴木亜希子さん
「私らしく、心地よく」
愛犬と歩む大槌の暮らし

鈴木亜希子さん

すずき・あきこ

釜石市出身。結婚を機に移住し20年以上。今では「大槌町民としての歴史のほうが長い」とか。愛犬・モコちゃんや家族と町内を冒険し写真を撮るのが好きで、日々の癒しの時間。
https://www.instagram.com/
suzutou1952/

東日本大震災で被災し、仮設住宅での生活から見出したのは、“心地よさ”がある暮らし。店主・鈴木亜希子さんの思いが灯る「鈴藤商店」の店先では、雑貨を通して人が集う、新たな町の景色が生まれようとしています。その傍らに寄り添うのは、愛犬・モコちゃん。大槌町の自然が持つ美しさを、モコちゃんの目線で感じながら、亜希子さんは今日も“自分らしく”大槌の暮らしを楽しんでいます。
※事務局釈:町外の出身ですが、大槌での暮らしに育てられたというご本人の想いを尊重して「大槌育ち」としてご紹介させていただきます。

鈴木亜希子さん
震災後、<br />
一枚のお皿との出会いが原点

震災後、
一枚のお皿との出会いが原点

大槌町の中心部・町方地区にある末広町商店街。その一角にある「鈴藤商店」は、長らく地域のガス屋さんとして親しまれてきました。しかし、ガス屋さんは日常の“当たり前”を支える日陰の存在。亜希子さんが店頭でおしゃれな雑貨店を始めたのは「ガス屋さんを訪れたり、仕事を知るきっかけの一つになれば」という思いからでした。

コンセプトは「日々の暮らしを温める道具店」。ガスは食事やお風呂などを通して生活を暖め、亜希子さんが選んだ雑貨は心を温めます。亜希子さんが大切にしているのは、実際に使って食べて、本当に良いと感じた商品を仕入れること。町内の常連さんはもちろん、今では評判を聞きつけて内陸からもお客さんがやってきます。
「お客さんが、使っている自分を想像してワクワクするような商品を並べています。なかなか品数は増えませんが、一つ一つにエピソードがあり、作っている人の顔が見える物ばかりです」

お店の内装やインテリアは、仮設住宅での暮らしがヒントになっています。長かった避難所での生活を経て、いよいよ仮設住宅へ入居する時。何もない空間を前に、亜希子さんは「なぜかワクワクした」と振り返ります。そんな自分を受け入れ、今に繋がる原点となったのが、一つのアンティーク食器との出会いでした。
「手に取った瞬間『自分のためにトマトパスタを作りたい。このお皿に盛り付けて食べたい』と心から思ったんです」
復興事業に携わる従業員さんを支える“まかない”だった料理。支援で頂いた食材を無駄なく使い切らなければ、という使命感。自分のために何かを作って食べたいと感じたのは、震災後初めてのことでした。
「食器一つで、こんなにも心が明るくなる。そう気付いてからは、仮設住宅“だから”の生活ではなく、仮設住宅を楽しむ生活をしようと決めました」
お気に入りの雑貨を少しずつ集め、支援物資の棚にペンキを塗るなど、慣れないDIYにもチャレンジ。限られた空間の“仮の住まい”が、どんどん“自分の家”になっていく嬉しさを噛み締める日々…。

当時を思い出しながら、愛おしそうに店内を見渡す亜希子さん。改築し、今のおしゃれなお店に生まれ変わったのは一昨年のこと。「限られた空間の中でも、訪れた人に心地よさを感じてもらいたい」。こだわりの内装やインテリアに、亜希子さんの思いが宿ります。

愛犬・モコが教えてくれた<br />
大槌の自然と暮らし
愛犬・モコが教えてくれた<br />
大槌の自然と暮らし

愛犬・モコが教えてくれた
大槌の自然と暮らし

亜希子さんに寄り添う愛犬・モコちゃん。子犬の頃に家族になり、8年の時間を一緒に過ごしてきました。亜希子さんが今の暮らしを楽しめているのは、モコちゃんの存在が大きかったそうです。

東日本大震災で、跡形も無くなってしまった末広町商店街。2017年の夏、名物イベント「よ市」が復活すると聞き、亜希子さんはモコちゃんと末広町に足を運びました。「モコはとても喜んで、道路や空き地を走り回ったんです。かつて鈴藤商店があった場所へ、モコはぐいぐい自分から歩いて行きました」。メディアの取材で、震災当日の避難経路を歩いた際には、複雑な気持ちの亜希子さんを引っ張り、坂道を元気に駆け上がったそうです。
「モコと一緒に、この場所に帰ってきても大丈夫なんだ…と思えた出来事でした」
モコちゃんに語りかけるように、優しい声で話す亜希子さん。膝に抱かれていたモコちゃんは、亜希子さんの手を何度も舐めました。江岸寺の墓地を通り、避難所である城山公園体育館へと上るルートは、今では毎日の散歩コース。モコちゃんの防災訓練も兼ねています。

亜希子さんは震災後「ただ前を見て、上を向いて歩いていた、今をみたり楽しんでいなかった」と振り返ります。
「モコと家族になり、モコの目線で散歩をするようになったとき。『この季節にはこんな花が咲くんだ、大槌ってこんな素敵な町だったんだ』と初めて気が付いたんです」
金沢地区や小鎚地区など、町内でも自然が豊かな場所へ行き、モコちゃんが自由に遊べる場所=“モコちゃんポイント”を探すことが日常になりました。時には家族でピクニックをしながら、大槌を冒険する時間を楽しんでいます。
最近は大槌町を飛び出して、故郷・釜石市まで足を延ばすことも。地元民でもなかなか足を運ばないエリアや、これまで気付かなかったスポットなど、モコちゃんとの暮らしは今日も楽しさと発見に溢れています。

「楽しさ」と「ときめき」が<br />
自分と町の景色を変える
「楽しさ」と「ときめき」が<br />
自分と町の景色を変える

「楽しさ」と「ときめき」が
自分と町の景色を変える

大槌に、こんなおしゃれなお店があるんだ。大槌でも、こんな丁寧な暮らしをしている人がいるんだ…。「鈴藤商店」を訪れた人から、そう声をかけられることが多い亜希子さんですが、ご自身は少し違った思いのようです。
「丁寧な暮らしをしている人は、すごく素敵だな、と思います。時間や心の余裕が無いと、なかなか毎日は難しい。私自身は出来ていないし、分からないからこそ、このお店をやっているのかもしれません」
亜希子さんが日々の暮らしで意識しているのは、心地よい“特別な時間”を持つこと。例えば、仕事と私生活の切り替えに、キャンドルを灯す時間。休みの日はコーヒーをゆっくり淹れて、特別なお菓子を一つ。昔観た映画やドラマを、ただ流してみる。気分を変えたいときに、お気に入りのミストを一吹き。「一番大切なのは『これなら私でも楽しく、面倒臭がらずにできるかも』という視点です」と、亜希子さんは笑顔で話してくれました。

「料理をサボりたいときでも、あのゴマ油を使って一品だけ…とか。やる気が出ない日に楽しみをくれる物や、心がときめく体験を提案できたらいいなと思っています」
そんな思いから、町内で買った食材と、お店の商品を組み合わせたレシピをSNSで発信。パンやお菓子の出張販売の他、香りをテーマにしたワークショップなども定期的に開催しています。お店の空間を活用して、ヨガの個人レッスンも計画中だとか。亜希子さんの思いに共感した人たちが集まり、新たなご縁や企画が生まれています。

亜希子さんの今の願いは「末広町商店街が賑わい、町に人が集まること」。きっかけとなったのはやはり、2017年にモコちゃんと訪れた「よ市」です。そこで目にしたのは、思い思いにおしゃれをして町に繰り出す大槌町の方々。震災前に目にしていた笑顔と、小さくても確かな“町の賑わい”でした。

「お菓子販売やワークショップをすると、町の人がちょっとよそ行きで顔を出してくれます。皆さんが商店街を歩いてくれて、少しの間でも、町の雰囲気が変わったんです。お店の窓から眺めていて、とても嬉しかった。人が人を呼び、人が町の景色を変える。そして、その景色に惹かれた人が、また集まってくる…。そんな循環の中で、たくさんの人が大槌に集まってくれたら素敵ですね」
(2024年3月取材)

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