ココカラオオツチ

生まれ育った町で、飼い主と
動物の暮らしを支える

藤原紅葉さん

ふじわら・くれは

大槌町出身。岩手県内のペットサロンに勤務した後、2023年11月に「わんにゃん美容室じゅのむ」をオープン。「それぞれの性格に合わせた施術方法で、無理をさせないこと」がモットー。「じゅのむ」は、これまでともに過ごしたネコたちの名前から1文字ずつをとった。
https://wn-junom.crayon
site.net/

https://www.instagram.com/
wn._.junom/

藤原紅葉さん
藤原紅葉さん
生まれ育った町で、飼い主と
動物の暮らしを支える

藤原紅葉さん

ふじわら・くれは

大槌町出身。岩手県内のペットサロンに勤務した後、2023年11月に「わんにゃん美容室じゅのむ」をオープン。「それぞれの性格に合わせた施術方法で、無理をさせないこと」がモットー。「じゅのむ」は、これまでともに過ごしたネコたちの名前から1文字ずつをとった。
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wn._.junom/

大槌の人たちの心に大きな傷を残した東日本大震災。生き延びた家族や友人と支え合った人、支援に駆けつけた人たちとの出会いに力をもらった人、瓦礫から見つけた大切なものに希望を見出した人……。さまざまな人やものが被災した人たちの心を癒しました。藤原紅葉(くれは)さんにとっては、それが家族の一員だったネコの“ジュニア”でした。ジュニアへの感謝の想いを胸に「わんにゃん美容室じゅのむ」をオープンさせました。

藤原紅葉さん
トリマー目指す<br />
きっかけは初代の家ネコ

トリマー目指す
きっかけは初代の家ネコ

大型犬も洗える大きなシャンプー台やトリミングテーブルが設置されたじゅのむの施術スペース。藤原紅葉さんは、左腕で器用にネコを抱え込むと、右手に構えた爪切りで次々に爪の長さを整えていきます。

この日、カットや爪切りをしてもらったネコは暴れることもなく落ち着いた様子で藤原さんのなすがまま。汚れがちな耳の中まできれいにしてもらい、心なしかすっきりした表情。「今日もお利口でおとなしくしてくれていましたね」と藤原さんから飼い主に引き渡されると、リラックスしてごほうびのおやつを味わっていました。

2011年の津波で大きな被害を受けた大槌町でも復興が進むとともに、それぞれの生活が少しずつ落ち着きを取り戻してきました。イヌやネコとの暮らしを楽しむ人が増える中、藤原さんがここ大槌町の中心部にトリミングサロンを構えると、それまでは毛や爪の手入れのために遠方まで連れて行っていた人たちがじゅのむにやって来るようになりました。

「自分のお店を持つなら生まれ育った大槌町で、という想いが実現し、大槌の飼い主さんたちの助けになれているのがうれしいです」。そう語る藤原さん自身も、子どものころからずっとメダカや金魚、カブトムシなどの生きものを育て、小学校高学年のころからネコと暮らしてきました。「両親や妹も家族揃って動物が好き。家でネコを飼う前から近所のネコのお世話をしていました」と小さいころを振り返ります。

その中でもトリマーを志すきっかけをくれたのが、藤原家の初代の家ネコであるオスのジュニアとの出会いでした。

もとは、藤原さんと妹が通う小学校の校庭に住み着いた野良猫だったジュニアは、子どもたちと遊んでいるうちに、藤原さんの妹について来るように。そのうちに、藤原さんの家の玄関を開けたらそこにジュニアがいるようになり、動物好きの藤原家の一員として迎え入れることになったのです。

何年も野良として生きてきたジュニアは、とても気が強く、ちょっとやそっとのことには動じない鷹揚とした性格。あっという間に家族の中心に。「姉妹でけんかをしたり、親に叱られたりして、ちょっとぎくしゃくした時もジュニアが家族を取り持ってくれる。そんな存在でした」。

被災した家族の不安を癒した<br />
いつもと同じジュニアの姿
被災した家族の不安を癒した<br />
いつもと同じジュニアの姿

被災した家族の不安を癒した
いつもと同じジュニアの姿

そんな家族の穏やかな時間は、津波によって奪われました。

中学校の卒業式を翌日に控え、父と家で過ごしていた藤原さん。大きな揺れが収まった後、町内で暮らす祖母が心配になり、ジュニアを抱えて父の運転する車に飛び乗り、祖母のもとに向かいました。

「まさか津波が来るなんて思わなくて、すぐ戻るつもりで何も持たずに家を出ました」。しかし、それが暮らし慣れた家を見た最後になりました。

祖母の家に着くと間もなく、「津波が来ている!」という近所の人の声で、外に飛び出した藤原さん。津波に追われるように逃げてきた母、妹とともに裏山に駆け上がり、ジュニアは藤原さんの腕の中から逃げていってしまいました。

「もうジュニアと会えないかもしれない」という不安、そして、まだ祖母の家にいた父と祖母が逃げ遅れてしまったかもしれないという不安を抱え、一夜を過ごしました。

翌朝、山を下りると、1階が浸水した祖母の家の玄関前には、いつもと変わらないジュニアの姿がありました。2階に上った父と祖母も無事が確認できました。

祖母の家よりも海から近いところにあった藤原さんの自宅は津波で全壊しましたが、幸い家族は無事でした。避難所や親せきの家などを転々としながら不安な日々を過ごす藤原さんの心の支えとなったのは、いつもと変わらずそばにいるジュニアの存在でした。「せっかくコンビニで分けてもらったエサにも不満そうで、いつも通りのマイペース。避難所でも我が物顔でした。そんな変わらないジュニアが震災の後のつらい現実を忘れさせてくれました。ジュニアは私たち家族の心の支えだったんです」。

一方で、避難所の外には何匹ものイヌたちが土埃で汚れたままでつながれていました。「人間が最優先なのは仕方がないけれど、ワンコたちが二の次になっているのがかわいそうで……。なんとかしてあげられたらいいのに。そんな思いがずっと頭のどこかにありました」。

技術を磨き「いつかは地元で」
技術を磨き「いつかは地元で」

技術を磨き「いつかは地元で」

震災後、自分たち家族の支えになったジュニアの存在、そして土埃で汚れたイヌたちへの思いが、3年後、高校3年生になった藤原さんをトリマーの道へと導いていきました。

盛岡の専門学校で、トリミングの技術や動物の習性などを学び、卒業後は岩手県内のペットサロンで経験を積んできました。施術技術を磨くとともに、災害時や避難所での動物の扱い方、イヌやネコを入れて運ぶキャリーの準備や常備薬の携行などについての知識も身につけてきました。

一般に憶病で警戒心の強いネコはシャンプーを嫌がることが多く、扱わないトリマーもいる中で、ジュニアを含めて5匹のネコと暮らしてきた藤原さんにかかると、それまでは誰にもシャンプーさせなかったネコでもおとなしく洗わせてくれることも。その噂を聞きつけ、町外からじゅのむに来る飼い主も増えてきました。

進学を機に町外での暮らしを経験したことで、スーパーの品揃えひとつとっても、海の町である大槌の“当たり前”が実は特別なものだということに気づけたという藤原さん。施術が終わるのを待つ人たちのため、店内で大槌町の観光マップなどを手に取れるようにし、町の中を楽しんでもらうきっかけを作っています。「せっかく来てくれた人たちに大槌町の良さを知って帰ってもらいたい。すぐ近くに海が見える景色や海の幸を楽しんでもらえたらうれしいです」。
(2024年4月取材)

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