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吉里吉里と全国をつなぎ
薪づくり

NPO法人 吉里吉里国

NPO法人 吉里吉里国

2011年5月に発足、同12月にNPO法人化。薪の生産・販売活動、森林保全整備活動、森林環境教育、内外交流促進活動等に取り組んでいる。薪割りボランティアや企業研修の受入、地域おこし協力隊との連携など、多様な人材と協働した地域創生を進める。
URL:https://kirikirikoku.org/

NPO法人 吉里吉里国

大槌町の北部に位置する吉里吉里地区。白い砂浜の海岸を見下ろす高台にNPO法人「吉里吉里国」の活動拠点はあります。東日本大震災後間もない時期に、悲しみと混乱の中から生まれた吉里吉里国は、“薪づくり”を通じて地域、そして全国から集う人たちとつながり、たくさんの笑顔を生み出してきました。

NPO法人 吉里吉里国
焚き火の炎が言った。<br />
「うつむくな、立ち上がれ」

焚き火の炎が言った。
「うつむくな、立ち上がれ」

創設者で理事長の芳賀正彦さん は、津波で住み慣れた自宅を失い、避難所の体育館で眠れない夜を過ごしていました。そんな時、体育館を出て、なすすべもなくひとり焚き火の前にうずくまっていました。「炎を見つめ続けていると、心が静まるのを感じ、私は炎に話しかけるようになりました。そうしていると、焚き火の炎が『うつむくな、立ち上がれ。亡くなった人たちの思いを背負い続けていきなさい』、そう語りかけているように思えました」。

日中は吉里吉里の人たちとともに、行方不明者の捜索や、自宅や親せき宅に避難する人たちの支援活動を続け、深夜になると焚き火の炎と向き合い対話する、そんな避難所生活が続きました。家族の遺体を見つけ泣き崩れる人たち、避難所でふさぎこみ膝を抱える人……先が見通せない中で、誰もが悲しみや絶望、不安を抱えながら過ごしていました。

ある時、がれきの山となった吉里吉里のまちで、ふと後ろを振り返った芳賀さんの目に、山々が飛び込んできました。この時「吉里吉里には山や森が残っていてくれる。山がおれたちのこれからを教えてくれる」、そう確信したと言います。

“復活の薪 第1章”が<br />
吉里吉里の支えに
“復活の薪 第1章”が<br />
吉里吉里の支えに

“復活の薪 第1章”が
吉里吉里の支えに

しかし、震災から間もないこの時期、森林に入る以前にやるべきことがたくさんありました。そのひとつが、なかなか進まないがれきの撤去。がれきの中から、柱や梁などの部材を引っ張り出してチェーンソーで切断し薪にする、芳賀さんはその作業の中心的な役割を担うように。震災直後は暖を取る焚き火にくべていた薪は、避難所の入浴施設のボイラーの燃料として使われ、避難生活を支えていました。

毎日、薪づくりに精を出していた芳賀さんは、ある日、避難所で夕食を終えた人たちに呼びかけました。「薪をもっと作ろう。全国に販売してお金を稼ぎましょう」。“復活の薪 第1章”の始まりでした。「内心では津波の泥にまみれた薪が売れるわけはないと思っていたんです」と明かす芳賀さん。それでも薪づくりを呼び掛けたのは「斧を振り下ろす瞬間だけはみんな、悲しみを忘れられる」という確信があったからでした。憔悴し誰とも口を利こうとしない人も、丸太を前にすると一心不乱に斧を振り下して汗を流していたのです。

芳賀さんの予想に反し、“復活の薪”は全国からの注文が相次ぎ、生産が追い付かないほどに。売上は薪づくりに参加した皆で分配しました。「若い漁師はそのお金を握りしめて、化粧品を流された奥さんのために口紅を買いに行きました。薪づくりが私たち吉里吉里の人間の支えとなり、全国の人たちと私たちとをつないでくれたのです」。

“恩送りの林業”で<br />
森林を後世に残す
“恩送りの林業”で<br />
森林を後世に残す

“恩送りの林業”で
森林を後世に残す

がれき撤去の作業も進み、震災の年の晩秋には“復活の薪 第1章”は幕を閉じました。そしていよいよ吉里吉里の森林に入る時がやってきました。2011年12月、この新たなスタートに際し、吉里吉里国はNPO法人として登記しました。

林業を始めようと決めた芳賀さんのもとに、津波で職を失った吉里吉里の人たちが集まってきました。定年退職後に3年ほど地元の林業会社で働いた芳賀さん以外は、林業の初心者ばかり。芳賀さんの思いに賛同した岩手県の林務担当者や地元の森林組合などから指導を受けながら実践を重ね、研修などに参加しながら、チェーンソーや重機を操作する技術を身につけて行きました。

森林や林業についての知見を広げていく中で、組織の理念として定めたことがありました。それは、成長が見込まれる木は伐らずに残すこと。「私たちは、吉里吉里の先人が残した木を子孫に残す“恩送りの林業”を目指すようになりました。成長が悪い木や曲がった木だけを薪として全国に販売し、私たちの生活の糧となっています」。

現在、薪の販売とともに力を入れているのが、薪割りやツリークライミングを通して子どもたちに木や森にふれてもらう体験活動。事務局の松永いづみさん、小山裕さんらが運営の補助をしながら、芳賀さんが子どもたちに薪割りを教え、被災当時の体験から学んだことを伝えています。

また、毎年秋に実施している「薪まつり」には、吉里吉里の人たちはもちろん、震災当時からのボランティアなどが駆けつけ、吉里吉里国は老若男女の笑顔と歓声に包まれます。松永さんは「外から来た人も地域の人も垣根なく薪割りに汗を流し、作業を通して人と人とのつながりが創り出されていく場所でありたい」と話します。

2022年春からは地域おこし協力隊が吉里吉里国での活動を開始、恩送りの林業に若い力が加わりました。「50年前ここに木を植えた吉里吉里の先人たちの恩を次世代に送るのが私たちの役目。そのためにさまざまな人たちと手を携えていきたい」、そう語る芳賀さんの目には、未来の吉里吉里の森が映っているのかもしれません。(2022年6月取材)

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